サムライ本舗人気No1の真田幸村とは・・・

今更ではありますが、真田幸村とは一体どんな人物なのか・・さらっとお話したいと思います。その日、大阪城南にある茶臼山は全山真紅に染まった。甲冑、旗織物、そして六文銭がひらひらと舞っていた。赤で備えた真田幸村である。上田城で父昌幸との2度の徳川勢撃退、祖父から「常に地獄の淵にさらして戦うのが真田」父昌幸から「ひとたび戦に臨んだならば、敵がいかなる多勢であろうと散る事を恐れて避けてはならぬ。信玄公に仕えし頃より、わが真田の六文銭が徳川の後塵を拝したことは一度もない」そして兄信幸は「私も父上やおぬし達と戦いたいのだ」「祖父様、父上、兄上わが一身にお預かりした真田の兵法、これよりとくとごらんにいれまするーーー、狙うはただひとつ、家康の首!」関が原の合戦では、兄は東軍、幸村、昌幸は西軍につきました。兄信幸は本田忠勝の娘と婚姻していたため、幸村は大谷吉継の娘と結婚していたため、お互いに義にもとずいた形となりました。関が原では戦場には出ていませんが、上田決戦は目をみはるものがあります。この時は昌幸の智略により、秀忠率いる2万の大軍を撃退しています。そして、家康に兄、信幸が懇願し、死罪はまぬがれ、高野山麓の九度山へ幽閉されます。
今日はここまで・・・では。